「鉄道の街」大宮の成り立ち

こんにちは、

無垢スタイルの不動産「ムクエステート」の猪俣です。

 

ご覧になった方もたくさんいらっしゃると思いますが、

先日NHKの「ブラタモリ」で大宮を特集しておりました。

大宮がどうして「鉄道の街」になったのかを大宮周辺を歩きながら探るという内容で、

普段見る大宮と知らない大宮を知ることができて大変勉強になりました。

わかったことを簡単にまとめると、

大宮は江戸時代に中山道を参勤交代で通った大名行列が宿として使っていた宿場町で、

商人が宿泊する宿が少なく、その後も承認が難しい場所だったため、

もともと鉄道が敷かれたときは駅が作られませんでした。

そこで、大宮の人たちが知恵を絞って大宮に駅を誘致したそうです。

 

当時は駅を誘致するために氷川神社の敷地内(現大宮公園内)をリゾート地にすることで、

都内から人が来るよう当時の大宮の人たちが一生懸命働きかけたそうです。

また駅がない街大宮が鉄道の街として栄えたのは北に向かう分岐点として最適だったことと、

周辺に空き地が多く、車両工場が駅のすぐそばにできたことで鉄道にかかわる人たちが増え、

新幹線を通すときの用地買収が少なく済み、現在に至るということでした。

いまでは埼玉県内でもっとも土地が高い場所になりましたが、

昔の方たちの努力があって今があることを教えられました。

普段何気なく通り過ぎている大宮公園や中山道、

鉄道の分岐点などにも歴史が刻まれていると思うとさらに大宮が好きになってしまいました。

 

ムクエステートは大宮の地元密着企業として皆様に認めてもらえるよう、

これからも地域の発展と地域の皆様の問題解決のため頑張ってまいります。

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